燃ゆるが如き向学心
学校法人京都成安学園の学祖 瀬尾チカは、明治20(1887)年12月30日、九州の西北、五島列島の北端に位置する小値賀島に、藤松家の二女として生を受けた。地元の尋常高等小学校を卒業した学祖は、私塾杉森女紅会(現 杉森高等学校)、佐世保裁縫女学校(現 久田学園佐世保女子高等学校)に進学。その後上京し、共立女子職業学校(現 共立女子大学)では、創設者のひとりである鳩山春子や俳人 正岡子規の妹の正岡律などから教えを受け、同校卒業後は、当時、洋裁教育の先駆けであった和洋裁縫女学校(現 和洋女子大学)でも勉学に励んだ。女子の教育に消極的な風潮で満ち溢れていたこの時代、無断であった伝えられているこの上京は、学祖の20幾歳での燃ゆるが如き向学心がいかほどであったかを物語っている。そして、これらの学校は、いずれも女性の手によって創設もしくは女性が創設に携わったものであった。帰郷後、学祖は瀬尾幸吉と結婚し瀬尾チカとなった。24歳の頃であった。しかしながら、ほどなく夫は急逝、学祖は幼な子を抱え、四国 徳島県に渡り教鞭を取った。
建学の地「京都」- 成安裁縫学校設立
1年後に教壇を降りた学祖は建学の地「京都」に移り住み、女性に対して自活学習の機会を与えるため、京都市左京区聖護院西町の借家で「和洋裁縫手芸学院・京都シンガーミシン会社女子実業教習所」という名の私塾を開設した。大正7(1918)年、30歳の時であった。その2年後の大正9(1920)年6月21日、私塾の理念や教育内容が私立学校の要件を備えていたことから京都府の勧奨を受け、成安裁縫学校設立認可願を提出、同年7月17日に認可された。私立学校令による学校として認可されたもので、学園設立の礎石を据えた画期的な出来事であった。ここに、今日まで100年の歴史を刻むこととなる京都成安学園が誕生したのである。成安裁縫学校の生徒数は僅か31人であったと伝えられている。
百万遍校舎から相国寺校舎へ
施設の充実を条件として成安裁縫学校が認可・設立されて半年後には、左京区吉田下阿達町の仮校舎に移転し、校名も成安技芸女学校に改称。さらにその翌年には、左京区北白川に百万遍校舎を建設、校名を京都成安女子学院に改称した。このころ、校歌(学園歌)と校章ができている。この校名変更からは、裁縫の学校から普通教育を行う女学校となること、また、京都という地名を冠したことからは、地方の学生をも収容しようとする規模の拡張への学祖の決意が表れている。ただ、この校舎も次第に手狭となりこれ以上の拡張が困難であったことから、昭和2(1927)年、上京区今出川通烏丸東入相国寺門前町の相国寺校舎に移転し、その後の飛躍的な学園発展の礎となるのである。
終戦 - 総合学園への道
本年、開園90周年を迎えた成安幼稚園は、昭和4(1929)年7月、昭和天皇御大典建造物大嘗宮の一部の下賜を受けて記念幼稚園の設立を申請、昭和5(1930)年に開園した。昭和7(1932)年、申請していた財団法人京都成安女子学園が鳩山一郎文部大臣から認可され、その後学校法人化するまでの間、学園の経営主体であった。鳩山大臣の母春子が、共立女子職業学校当時の恩師であったことは何かのご縁であったのだろうか。
昭和20(1945)年、長く続いた戦争が終わった。新日本建設のための女性の役割に思いを致した学祖は、建学の精神であった独立し得る女性の養成、女性の地位向上という課題に取り組み、京都成安中学校、京都成安高等学校、成安造形短期大学の前身となる学校を相次いで開設、総合学園へと発展していったのである。そして昭和26(1951)年、学校法人京都成安女子学園を設立した。学園創立32年目、学祖63歳の春であった。
学祖の志を受け継いだ学園
学校法人化の翌年に校舎の約半分を焼失する火災に見舞われ、その復興に奔走していた学祖は、昭和31(1956)年11月20日、68歳で急逝。鳩山一郎内閣総理大臣から女子教育に生涯を捧げた学祖を讃える弔辞が送られた。
学祖亡き後の学園は、その歩みを止めることなく発展の道を歩み続けた。短期大学では関西以西の女子短期大学で初めてとなる意匠科を設置、高等学校も多くの生徒が入学するなど拡充を続け、昭和55(1980)年にはバレーボール部が国体で優勝し三冠を達成しその名を全国に轟かせた。
時代は流れ平成となり、平成5(1993)年に学園の悲願であった四年制大学である成安造形大学を設置するとともに学園名を京都成安学園に改称した。一方で、平成14(2002)年の短期大学、平成19(2007)年の中学校、高等学校の設置者変更というかつて経験したことのない激変が学園を襲った。誠に無念極まりない出来事であったが、この3校の歴史と教育研究の蓄積を成安造形大学と成安幼稚園が継承、学祖の志を連綿として受け継いで、学園は本年、創立100年を迎えることとなった。(文中敬称略)